チャーリー・ワッツの訃報が飛び交う中で、
私は地味なこっちのニュースに衝撃を受けてた。
エアロスミスの旧譜カタログのすべてがソニーからユニバーサルに
https://www.udiscovermusic.jp/
内容をじっくり読んではいないのだが、バンドの全音源、全映像だけでなく
アートワークや写真、バンドやメンバーのメモラビリアなども含まれるとか。
一箇所にすべての権利が集約される新しいタイプの契約かもしれない。
映画やアニメやゲームやファッション、グッズ、或いはもっと新しい
これから流行るメディアなどでエアロスミスを使う際に
交渉相手が一つでいいということになるのだろうか、
なんて、そんな冷静なコメントではなく、
70年代にバンドの日本でのスタートダッシュに関わった身と
この報道にはただ言葉を失って愕然とした。
エアロスミスはアメリカで1973年にデビュー・アルバム、
1974年にセカンド・アルバムを発表したもののまったく売れず、
日本での発売も見送られていた。
新米A&Rの私が担当することになった頃からアメリカで人気が出てきて
そのラッキーな風に乗ることができた。
1975年5月21日の「飛べ!エアロスミス(Get Your Wings)」から
1975年7月21日「闇夜のヘビイ・ロック(Toys In The Attic)」、
1976年1月21日「野獣生誕(Aerosmith)」、
1976年7月21日「ロックス(Rocks)」、
1977年1月29日~2月9日の初来日公演を経て
1977年12月21日「ドロー・ザ・ライン(Draw The Line)」の発売まで、
2年半という短い期間の、わずか5枚のアルバムだけを担当した。
バンドは現在のような世界的モンスター・バンドではなかったが
それでも日本でイニシャル3000枚のデビューから10万枚になる
自分としても熱く仕事したと今となっては思う。
そんな思い入れがあるので新譜はともかく
これら旧譜を奪われる(?)のはたまらなく寂しい。
幼い頃に自分が住んでいた家が取り壊されるのより寂しい。
初恋の人の訃報に近いかもしれない(経験はないが)。
そんな日なので今日はエアロスミスを聴く気にもなれない。
老兵は去るのみだな。
このQ105の情報。後日ゆっくり読もうと思う。
後半の「エアロスミスのカタログのトップ50」に興味ある。