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Channel: レッツゴー!元日本洋楽研究会
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ビートルズとベンチャーズの1965年

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一昨日のエレキ談義イベントで思い出していた。

かつて日本を二分した「ビートルズvsベンチャーズ」時代のこと。

 

歴史的にはエレキ・インストはビートルズより先にあった。

ベンチャーズは日本で1960年からシングル発売されているし

アメリカではヒットもしている。

 

 

それでも日本でエレキ・ブームが巻き起こったのは

異論があるかもだが1964年4月のアストロノウツ

「太陽の彼方に」の大ヒットだったと思う。

そのヒットによって、3月に発売になっていたベンチャーズの

「急がば廻れ」と7月の「パイプライン」が当たった(気がする)

 

 

そして爆発したのが1965年1月、

そのアストロノウツとベンチャーズがジョイントで来日した。

 

 

これによってエレキがマジに炸裂した。

この1965年こそがエレキが社会現象化した元年と言える。  

映画「青春デンデケデケ」の主人公も

1965年3月に「パイプライン」を聴いてショックを受ける。

 

 

伝説のTV番組「勝ち抜きエレキ合戦」が始まったのも同年6月だ。  

高校生の男の子にとってエレキ・ギターは憧れの神器になった。   

 

 

 

一方、ビートルズはというと、

「太陽の彼方に」が発売される2ヶ月前の

1964年2月に「抱きしめたい」で日本デビューし

3月「プリーズ・プリーズ・ミー」

4月「シー・ラヴズ・ユー」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」

「フロム・ミー・トゥ・ユー」

5月「ツイスト・アンド・シャウト」「ドゥ・ユー・ウォント・ノウ・ア・シークレット」

「オール・マイ・ラヴィング」

6月「プリーズ・ミスター・ポストマン」

と信じられないようなシングルの連続発売をし

この間にアメリカでは4月4日付けビルボードHot100の

1位から5位まで独占するなんて偉業を成し遂げ

 

 

8月には映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」

が公開されて、1964年は音楽好きの男子高校生にとっては

東京オリンピックの年ではなくビートルズの年になっていた。

 

 

1965年のベンチャーズ&アストロノウツ日本公演によって

遂に「ビートルズvsベンチャーズ」の構図ができあがることになる。

ここにデイヴ・クラークファイブやアニマルズ他まで発売していた

東芝音楽工業は天下を取った気分だっただろう。

私にとっても東芝音工サマサマだった。

 

1965年ベンチャーズ・シングル盤

1月「ダイアモンド・ヘッド/朝日の当る家」
2月「10番街の殺人/ ラップ・シティ」
5月「キャラバン/ブルドッグ」
5月「夢のマリナー号/ バード・ロッカーズ」
6月「青い渚をぶっとばせ/キャンディ・アップル・レーサー」
8月「クルーエル・シー/逃亡者」
8月「ロコ・モーション/ リンボ・ロック」
8月「果てしなき慕情/ 悲し街角」
8月「テルスター/悲しき闘牛」
8月「行け!行け!ドンドン/スキヤキ」
9月「スウィンギン・クリーパー/ペダル・プッシャー」
10月「木の葉の子守唄/アパッチ」
10月「フィール・ソー・ファイン/エンジェル」
11月「パラダイス・ア・ゴー・ゴー/星への旅路」
11月「ジングルベル/ホワイト・クリスマス」
なんと15枚、8月には一挙5枚も。

 

ビートルズは1965年も引き続きシングル盤を連発する

1月「すてきなダンス/輝・ミー・ホワイ」  

1月「アイ・フィール・ファイン/シーズ・ア・ウーマン」

2月「ロング・トール・サリー/アイ・コール・ユア・ネイム」  

2月「ノー・リプライ/エイトデイズ・ア・ウィーク」 

・・・・ふぅ

(もうコピペも面倒くさいし自分の記憶にもないので

この方のHPを参照して下さい)

https://cress30.exblog.jp/14737315/

 

乱暴に結論付けると、1965年、日本中の男子高校生が

ベンチャーズのテケテケのせいでエレキギターを欲しがった。

しかも「エレキは不良の証」と言われていたので

余計、エレキを持つことが自己主張になった。

さらに髪の毛をマッシュルームカットにすれば

充分に既存の価値観を否定している気分に浸ることができた。

つまりは「反抗のロックは外見」の考えが

この頃から私に芽生えたのだと思う。

そして外見ばかり気にしていたせいで未だにギターが弾けない。

 

<ビートルズvsベンチャーズ>の話をしても

「比べること自体そもそもあり得ない」とか

「それは田舎の高校生だったからじゃないの?」とか

信じてもらえないことが多いけれど、

本当にそうだったんだよと言いたいだけであります。

 

ではエレキ・ブームの始まりだった(と思う)

「太陽の彼方に」アストロノウツ(1964年)と

 

https://www.youtube.com/watch?v=thaphMU1pCc

 

決め打ちになった「パイプライン」ベンチャーズ(1964年)

 

https://www.youtube.com/watch?v=99HuQ_Dq2-4

 

面白いことに2曲とも日本のみのシングルカット「日本洋楽」だ


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