地位や肩書なんかはどんなに偉かろうがどうってことないが、
してきた個人史の凄い人は心から尊敬しちゃうので
そういう方とお会いする時は緊張する。
桑島さんご夫妻の場合はお二人とも業界の偉人なのだから
その度合いは二乗になる。
桑島さんは中村八大の元マネージャー
奥さんの信子さんは坂本九の元マネージャー。
こんな簡単な紹介では失礼にあたるほど
お二人が日本の音楽業界に残した足跡は
それぞれ一冊づつ本が出せるような輝かしい経歴に彩られている。
中でも最も有名なのが1963年の
「上を向いて歩こう」の世界的なヒットだろう。
日本人で全米NO1になった曲は後にも先にもこれだけだ。
LA在住のご夫妻とは今まで私は面識がなかった。
なんてったって山下敬二郎や水原弘のプロデュースの前から
業界で活躍していた伝説のお二人だ。
業界で活躍していた伝説のお二人だ。
今回お会いすることになったキッカケは実はこのブログだった。
「lovenike」さんというコメントをよくくれる人が
(あの桑島さん)だとわかった時の私の驚きたるやなかった。
その私のブログを夫妻に紹介してくれたのは
「上を向いて歩こう」の著者佐藤剛さんだったそうだ。
ここでも縁が次の縁を生んでいる。
今月日本にいらしていたお二人と2回お会いすることができた。
(桑島さん、信子さん、剛さん、私)
「韓国の音楽に比べて最近の日本の音楽はねえ」と語る信子さん。
「井上陽水は新曲もいい」と静岡までライブを観に行ったお二人。
「ディランよりもマーク・ノップラーの方が良かったな」とお二人。
「志の輔の落語を今回観れたことが嬉しい」と桑島さん。
私が特に印象に残ったのは
帰り際に信子さんがつぶやいたこれだ。
「私はビートルズは好きじゃなかった、ライバルだもの」
このセリフを言える人って、世界広しと言えどもそんなにいない。
だがビートルズのアメリカ・メジャーデビューが遅れた要因の一つに
日本人坂本九の存在があったのは確かに事実なのだ。
このへんの事実関係は「上を向いて歩こう展」と
剛さんの本「上を向いて歩こう」をご覧いただきたい。
剛さんの本「上を向いて歩こう」をご覧いただきたい。
(世田谷文学館、6月1日は無料観覧日だって)
仲のいいご夫婦、文字通りの夫唱婦随が微笑ましい。
散歩している二人の姿を見ただけでは
この人たちが何者なのか誰も想像できないだろう。
ただ何か有事の際には普段穏やかな桑島さんの眼光が
キッと鋭くなりそうな、そんな気がする。
キッと鋭くなりそうな、そんな気がする。
修羅場をくぐってきた人だけが持つ腹のすわりというか
その佇まいに≪飄々とした老剣豪≫の趣きを漂わせる人だった。
桑島さんがそうであるように、本当に偉い人は決して偉ぶらない。
やはり人間の違いだろうと思う。
私なんぞのブログを見てくれてるなんて光栄だしかつ恐縮もする。
でも桑島さんがまた最後に言った
「野中さんのブログいつも美味しそうなんですよ」
そうか~、食べるテーマの時か。
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