NHK BS-1「ザ・ヒューマン」3月28日(土)午後10時~
「誇り高き悪魔 ジーン・シモンズ」
忘れないように録画予約した。
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=22755
2021年に解散することを発表しているKISSのリーダー
ジーン・シモンズ、70才
1974年デビューというから45年間以上もこのメイクをして
舌を突き出し、血糊をたらし、火を吹き、空を飛び、
ギターから花火を吹き出してきた。
もうそろそろいいんじゃない?の気分だろう。
クイーン、キッス、エアロスミスが三大ロックバンドだった70年代半ば、
クイーンのLP売上は60万枚、キッスは30万枚、
私が担当していたエアロスミスは10万枚だった。
この頃、伊藤政則さんと飲むと
「俺たちはどーせ3番目だよ」と半分冗談、半分本気で話したものだ。
渋谷陽一、大貫憲章、伊藤政則が若手音楽評論家三羽烏と呼ばれ
その順番もこうだったと思う。
前にも書いたように
KISSがいたのはカサブランカという新興レコード会社で
そこの社長ニール・ボガートがレーベル契約のために来日したのは
1974年だった。
日本のレコード会社を回って契約のオファーを受ける中で
CBSソニーの先輩ディレクターは「こういうのは・・」と
みんな眉をひそめたので私が手を上げた。
アメリカでEPICがKISSを断っていたから余計欲しかった。
でもさすがに新米ディレクターの私じゃ弱いっしょ。
結局ビクターの横田さんが契約した。
もしあの時カサブランカをCBSソニーで契約できていたら
三大ロックバンドのうち2つを担当するなんて
栄誉を受けることができたかもしれないと思ったりする。
そうだ、そうしたらエンジェルも担当できたはずだな。
1993年11月、ニューヨークのCBGBに
日本人バンド「スーパー・ジャンキー・モンキー」が出た時
KISSのプロモーターから
「KISSの西海岸ツアーのオープニングをやってくれ」と言われたが
メンバーに聞いたら「KISS?だっせー!」というので断わらざるを得なかった。
この時の話は佐藤剛さんが「TAP the POP」に上手にまとめて書いてくれている。
http://www.tapthepop.net/extra/38727
「ロックンロール・オールナイト」(1975年)
https://www.youtube.com/watch?v=EFMD7Usflbg
クイーンほどじゃないけど、ライバルではあったけれど
KISSは好きだった。
「地獄の狂獣(ALIVE!)」は朝の目覚まし代わりだったし
関係ないのにKISSファンクラブとも仲が良かった。
今でも青柳べんちゃんとはつきあいが続いている。
でもまあ、CBSソニーにこのカラーは似合わないから
やっぱり横田さんのビクターで良かったんだろう。
KISS来年解散。エアロはいつだ?