古代ローマ時代の羊皮紙の記録によれば、
脇の柱どころか道路までがすべて大理石のこの街を
クレオパトラが美を追求するために訪れたという。
大理石の道ではなくてこのモザイクの道だったかもしれない。
どちらにしても大地震がこの街を破壊するまで
エーゲ海がすぐ下の港に迫っていたから
クレオパトラの乗る船からもこの壮大なスタジアムが
はっきりと見えていたに違いない。
威容を誇るこの競技場は2万5千人を収容、
25万人のエフェソス住民には充分すぎる施設だ。
居並ぶ神殿。
当時の図書館はイギリスが持ち去った美術品の代わりに
レプリカで復元されている。
今も続く発掘作業で、そこここにごろごろ転がる遺物。
ここが世界遺産に登録されない理由をガイドさんは
「政治力のせい」と言っていた。
石見銀山や平泉や三保の松原に異を唱えるつもりはないが
この古代文明都市跡はポンペイに勝るとも劣らない。
少なくとも今回観てきたヴェネチア、アルベロベッロなどとは
比べ物にならないスケールの大きさ。
私はただ呆然と眺めながら歩いた。
知らなかったことを恥じ入るばかり。
世界は広い。
トルコ、エフェソス遺跡、ここは凄い。
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